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日本の思想

丸山真男の『日本の思想』を読んだよ

押し入れの本10冊目である。

1961年初版で難解なこと、この上ない。

前回本当に通読出来たのかどうかも疑わしい。

たとえば伊東博文と森有礼明治憲法制定時の議論を

「抑憲法ヲ創設スルノ精神ハ、第一君権ヲ制限シ、

第二臣民ノ権利ヲ保護スルニアリ。

故ニ若シ憲法ニ於テ臣民ノ権利ヲ列記セス、

只責任ノミヲ記載セハ、憲法ヲ設クルノ必要ナシ」

という具合に引用している。

俺の理解が正しければ、おおまかに

? 日本思想 では「国體」を論じ、神道については

「いわば縦にのっぺらぼうにのびた布筒のように、

その時代時代有力な宗教と?習合してその教義内容を埋めて来た。

この神道の?無限抱擁性と思想的雑居性が、日本の思想的?伝統を

集約的に表現していることはいうまでもなかろう」

と総括している。

? 近代日本の思想と文学 ではマルクス主義を取り上げている。

? 思想のあり方について では講演の記録なのか、

語り口調で文章が急に平易になる。

ここではイメージの話が面白く

「イメージというものは、人間が自分の環境に対して

適応するために作る潤滑油の一種だろうと思うのです。

(中略)イメージがあまり本物から離れ、

くい違いがはなはだしくなると、潤滑油としての役目を喪失する。

(中略)いいかえればわれわれが適応しなければならない

環境が複雑になるに従って、われわれと現実の環境との間には

介在するイメージの層が厚くなってくる。

潤滑油だったものがだんだん固形化して

厚い壁をつくってしまうわけであります」

と、現物とイメージのかい離を論じている。

? 「である」ことと「する」ことでは権利の上に安住することなく、

不断の努力で保持しなくてはならないと論じている。

「自由を祝福することはやさしい。

それに比べて自由を擁護することは困難である。

しかし自由を擁護することに比べて、

自由を市民が行使することはさらに困難である」

これはアメリカの社会学者の言葉だが、深い。