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この素晴らしき世界に祝福を2

 録画したものを視聴。

 今日は五話と六話を消化した。

 感想。

 基本的に大ボケをやらかすのは女神アクアで小ボケをカズマ、めぐみん、畳み掛けるように、ダクネスがマゾのボケをする塩梅だな。

 ボケがいる以上、ツッコミがいるのだが要るわけだが、誰かがボケれば誰かがツッこむという相互ボケツッコミという布陣。

 最初はネットの小説だったらしいが、原作者は「これでお金儲けをしてやろう」という気持ちはサラサラなくて、偶々、ネットをやっていたら投稿用サイトがあり、そこで腕試しの小説のようなもの書いたら受けてしまった。

 それが出発点ではないか?

 明確なポジションを決めずにボケとツッコミの会話が延々続くのである。

 小説の会話体と言うより、深夜の若者向けラジオ番組の会話であり、Twitterのやり取り外が近い。

 状況が動いて登場人物が移動するより、登場人物の会話する事により喜怒哀楽の表出を優先するような。

 TLの流れやパーソナリティの会話を重視するような。

 それが今の若者文化だと言い切るほど偉くはないが、ラノベの流れのひとつはこの形態を取るのだろう。

 中身がないと言うより、中身を持ち得ないのだと自分たちで言っているのでは?

 勝ち取る目的がなくとも、登場人物たちは時を過ごせるのだ。

 そんな風に意地悪な目で彼らのバカ騒ぎを見てしまった。

 でも、可笑しいな楽しいなと思ってしまったのも確か。

 ここまで書いて気がついた。

 これは原作者が書いた宛名のない手紙なのだ。

 それだから、自分はこれを嫌いになれない。

 とりあえず、後の残り四話を見てしまおう。

 ネットは宛名のない手紙のようなものまで消費する事を覚えたのだ。

 それが判った。